赤壁の戦いのあと、孫権が荊州南部を領有したとwikiにあります。
いっぽう、劉備のwikiの項目を素直に読むと、ちょっと事情がちがうような?
孫権が荊州南部を獲ったあと、劉備が荊州南部を譲ってもらったと考えるのは、矛盾が生じますよね。
蜀書先主伝も、そうは書いていなかったはず。
どうもこのあたり、ごちゃごちゃしてうまく頭を整理しきれません。
せっかく赤壁編以降のストーリーも決めつつあったんですが……また混乱してきました。
赤壁の戦いについても同様で、孫権はいつ柴桑から出てきたのやら。
魯粛のwikiの項目によれば、戦いから帰還した魯粛とやりとりをしているので、戦場に来ていたのでしょうね……
吉川版三国志ってどうだったっけ?
この期に及んでまた混乱してきた!
もう一回、いろいろ見直さなくちゃ。
※
その赤壁編ですが、6章目までは三度目の推敲が終わりました。
とはいえ、先述の通り、孫権をどうする問題が持ち上がって来たので、7章の後半以降はガラッと変える必要があるかもしれません。
ほんとうに、この期に及んで……何をやっているのだか、自分!
旧サイトの赤壁編である「飛鏡、天に輝く」に引きずられすぎてしまったか。
うーん、でも。
あんまり史実を追いかけすぎても面白くないかな、なんてチラッと思ったり。
ここまで好きなように書いてきたのに、妙に史実に縛られすぎるのもおかしいかな?
どうするか、まだ時間はあるので、じっくり考えます。
※
そして、「小説家になろう」の更新頻度について、ちょっとこのままでいいのかと思いつつあります。
さすがに以前のように毎日更新は無理ですが、序章・中短編・赤壁編とそれぞれが週一回というのは、スローペースすぎるかな、と。
でも。
あんまり更新頻度を高くすると、また何か問題が起こったときに対処しきれなくなる。
悩みどころです。
※
自分のことのプライベートの悩みは、さいわい、ほとんどありません。
しかし一年半前のように、自分以外の家族の問題が持ち上がって、家じゅうがパニックになったら、またどうなるかわかりません……
落ち着くのに一年半かかりました。
これから先も、自分では解決しようのない問題が起こらないことを祈るばかりです。
自分のことなら自分で何とか出来るんですよね。
あるいは、だれかに助けてって言えるんですが、自分以外のことだと、ただ時間が過ぎるのを待つしかない。
歯がゆいですよねー、そういう何とも言えないじりじりした状況は最悪だと思います。
立場上、どうしても振り回されてしまうので、次に何かあったらどうなるかなあ。
なるべく、問題から距離を置くようにしたいのですが……
※
そんなわけで、悩みあれこれでありました。
今日もがんばりました。
明日もがんばります。
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